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夢は大きく歩みは手堅く

トリハダ代表 野島優一のブログ

好きだという気持ちはちゃんと伝えないといけない

別に主題は恋愛ではありません。

何かに対して、あるいは誰かに対して、「好きだ」とか「いいな」と思う気持ちは、できる限り相手に伝えるべきだと常々思っています。理由はそれが相手にとって嬉しいからです。

例えばある人にすごくお世話になったとします。仕事で、転職で、人間関係で、などなどなんでも良いです。すると普通はその人にお礼を言いますよね。言葉で伝えたり、何か贈ったり、ご飯をご馳走したりします。お礼された方は、自分がやったことに意味があったんだな、やってよかったなと思えるわけです。

普通はこうなると思うのですが、時々お礼を伝えそびれてしまう時もあります。それは、相手が先輩だったりすごい人だったりして気後れしてしまうとか、お礼を言おうと思ったのに感極まってしまって何も言えなくなってしまうとか(極端な例)、あるいは後になってお世話になったことに気づいたとか。こういう場合は、相手が「自分がしたことが誰かのためになっていた」ことに気づいていないということが起こりえます。特に最初の例なんかだと、相手はなんとも思っていないなんてこともよくあります。

そういうのはすごくもったいないので、後からでもちゃんと気持ちを伝えるべきだと思います。それは相手にとって嬉しいし、「これって人のためになってたのか!」とか、「自分のこういう性格は長所なのかもなぁ」とかいった発見になることもあると思います。

私の身近な例で言えば、大学4年の時に運営した企画に後輩として参加してくれた人がいたのですが、開催中も後も全然絡みがなかったのに、「実はあの企画はすごく自分にとって意味があったんです…」みたいな話を最近になって聞きました。これは自分にとっては大きな発見でした。しかもすごくポジティブなことだったので聞いて嬉しかったし、その企画も結構手のかかるものだったので、すぐに運営の中心だった友人に「なんかいい話聞いたよ!」と電話して一緒に喜んだりしました。あの時頑張ってよかったな、意味があったんだなと素直に思えた瞬間でした。

それから逆の立場の例では、以前会社でお世話になった上司が「自分も将来こんな上司になりたい」と本気で思うくらい良い上司だったので、後から全力でお礼のメールを送ったりもしました。私がその人の上司としてのスタイルがとてもよかったと思っていることは、伝わったと思います。

さらに卑近な例をあげればfacebookの「いいね!」も、twitterリツイートやお気に入りも同じです。ある人の投稿を見て、いいと思ったらバンバン「いいね!」を押すべきだと思っています。押された方はそれが活力になります。私の場合は趣味で自分の好きな曲をよく投稿していますが、そこに「いいね!」がくるとやっぱり嬉しいし、誰かにプラスになったと思えるし、また次回も投稿しようという気になります。逆に「いいね!」ゼロが続いたりすると「誰もこんなの見てないよなーやっぱやめよっかなー」と思ってしまいます。このブログも同じです。「いいね!」とかシェアの数は、自分の言っていることが支持されている、あるいは応援されているという印象につながります。それが全然ないと萎えます。ただ発信者側の問題としては、たとえそう思ってもしばらく続けることで上手くいくこともあるので、粘り強さがすごく大事です。

お礼の気持ち、いいなと思った気持ちをちゃんと伝えれば、相手にとっては普通は嬉しいし、活力になりえます。その内容によっては、相手の人生が変わるような発見をも与えられるかもしれません。

以上すべての話がビジネスにもアートにも通じるという話を書こうと思ったのですが長くなったので次回に続きます。